Revue des ports maritimes
尺八と虚無僧
子供の頃、尺八を吹きながら歩く虚無僧を時代劇映画でみたことがある。笠で顔を隠し、歩きながら笛を吹く姿が印象的だった。調べてみると、それには江戸時代から伝わる昔ながらの「地無し」と、明治時代に生まれた、管内を平らに加工した、「地有り」の2種類があるそうだ。
今回は、「地無し尺八」の演奏者、野中克哉さんに虚無僧と尺八の話や、自身の活動について詳しくお話しを伺った。
*以下、「地無し尺八」を「地無し」、「地有り尺八」を「地有り」と表記します。
Tatoueur Horimitsu
La première sculpture : Hiromitsu Narita / Hiromitsu Narita
<<entretien>>
まず、両者にどんな違いがあるのか、尋ねてみた。
「『地有り』は、加工されているため調律しやすく音程もとりやすい。「地」とは管の中を平らに固める砥の粉や漆のこと。音量も出るため、西洋楽器と演奏しても負けない。一方、『地無し』は、「地」を入れず自然の形のままの竹を吹く。そのため竹ごとに吹き方を竹に合わせる必要があり、演奏が難しく、音程が取りにくい。さらに音量が小さいなどの難点があるんだ」。
一見すると「地無し」は難易度が高い。なぜ、「地有り」を選ばなかったのだろうか。
異なる視点から言えば、「地有り」は音に個性がない。制作段階で基準に合わず捨てられるたけも出てくる。製品に優劣もある。対して、「地無し」は、竹の自然の形を活かすので、音や吹き心地に味わいが出るそうだ。
「『地無し』の方が個々に優しいんだ」。と野中さんは言う。
個体の特徴をさぐり、音を出すまでに時間がかかるが、そこが面白い。野中さんは、今の社会が各人に居心地の良いとは思えなくて、「地無し」の竹(自然)に寄り添う(合わせる)考えを、「地無し」と共に広めたいと言う。
古典本曲
「そもそも尺八は虚無僧が悟りを開くために修行として吹いていたもので、独奏が基本なんだ。『地無し』の音は小さいからこそ、演奏中も鳥のさえずりや川の水が流れる音もよく聞こえる。自然の中でなくても、普段は意識しないと聞こえないようなエアコンの音なんかも耳に入ってくるんだ」。
一人で演奏しているとはいえ、まわりの音に尺八を共生させるので、もはや合奏のようだ。
曲名:吾妻獅子(あづまじし)
竹の形によって息の入れ方を変えなければ音は出ない。ものが溢れるほどあり、販売方法も柔軟な今の世の中なら、欲しいと思ったものはパッと手に入るし、モノを使うために頭を捻る必要もないが「地無し」はそうじゃない。竹に、人間が合わせなくてはならない。
野中さんは、現在、地元の福岡県を拠点に尺八教室をひらき、無農薬の稲作のほか、「切腹ピストルズ」という集団にも参加している。しかし、以前は東京で活動していたそうだ。
「2011年の原発事故で放射線物質が空気中内に蔓延したことにより、農作物や水産物被害が出るなどして、とうとうそれまで感じていた不安が的中した。その当時自分は東京に住んでいて、お金を出してモノを買う以外に生活する方法がなかったんだけど、このままじゃいけないという危機感があるくせに何もできていない自分が嫌で、新潟に引っ越しして米作りを始めたんだ」。
生活が便利になるなど、近代化により受けた恩恵はたくさんあるが、反してネガティブな一面もある。原発事故は、彼の中で、それまで可視化されていなかった問題が、一気に明るみにでた出来事だったそうだ。
もう一つ、原発事故をきっかけに行動できたのが、監督映画『根っこは何処へ行く』。その完成の目処が立った頃、新潟県十日町市に移住した。この映画は、スケートボードと尺八を題材に物事や社会の変化とその背景を探り、変わってはいけないこととは何かを問いかけるドキュメンタリーである。一見すると、両者は歴史もジャンルも全く交わりがないが、この映画を観ると、意外にも共通点があることがわかる。
*)映画「根っこは何処へゆく」
移住して誰かに雇われる生活から抜けたことで、自分で時間をオーガナイズできる自由度の高さを素晴らしいと感じたそうだ。
「米作りだけでなく、藁草履も自分で編めるようになったし、野良袴(もんぺ、さんぱくなどと言ったりもする)も手縫いで作れるようになった。地無し尺八も自分で作ってる。自分で出来ることが増えるほど、自由度が増すことを実感したんだ」。
実際に福岡まで足を運んだのだが、その日が新潟から移住後の糸島生活で初めて作った米の収穫後だったので、精米したての米をご馳走してくれた。彼の家族も仕上がりには満足そうな様子で、とても美味しそうに食べていた。彼の、本当に美味しいお米が作れるかという不安が、自信へと変わった記念すべき日に、取材ができたことを嬉しく思う。
現在、彼は教室をzoomでも開いており、今では日本だけでなく、外国にも生徒がいるそうだ。興味を持たれた方は、ぜひ問い合わせをしてみてほしい。
尺八奏者 野中克哉 katsuyanonaka.com